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天安門事件について

 

A「この写真(Wikipediaから)見たことある??とある男性が戦車を阻止する場面なんだけど」

B「見たことあるけどこれが何の写真かはわからないんだよね」

A「これは天安門事件のときの写真です。ってことで今日は天安門事件についてです」

B「あぁ名前だけなら知ってるよ」

A「だろ??だから今日は中身も知ってもらおうと思ってね」

B「で、どんな事件なの??」

A「本当は天安門事件は2回あるんだけど、今回は一般的な方だけやります。早速見てみましょう。時代は冷戦ということに注目です」

 

1985年ソ連の社会主義はもう限界に来ていました。そこで…

ゴルバチョフ「アメリカとの軍拡競争で軍事費やばいことになってるし、国民はこんな無能な政府を批判する自由すらないのか…こうなったら『改革』するしかないな」

ということで、『改革』すなわち『ペレストロイカ』を始めたゴルバチョフ。『ペレストロイカ』って言うのは、「今まで社会主義でやってきたけど、資本主義も意外と良くね??じゃあ資本主義取り入れよう!!」ってことなのさ

 

B「天安門事件って中国のことじゃないの??」

A「そうなんだけど、一応時代背景ってやつを理解しないといけないからね。このときは社会主義国のリーダーだったソ連がペレストロイカによって民主化の動きを見せ始めたんだ」

B「ふ~ん。つまり東側のリーダーが西側に近づいたってこと??じゃあ他の東側諸国はどうなるのさ??」

A「他の東側諸国も同じように民主化していった。」

B「ってことは中国も東側だから民主化の動きがあったわけだね」

A「そうだね。1986年5月に総書記の胡耀邦(こようほう)が言論の自由化を推進しようとして頑張っていた。」

B「今までは言論も自由じゃなかたのね。」

A「それはどこの共産主義国でもそうだから。でもここで困ったことが発生してしまう。」

B「言論の自由化で困る人がいるの??」

A「これまでの中国は共産党の一党独裁でした。でも言論の自由化が起きたら共産党にとって都合の悪いことを言われかねないよね。」

B「つまり共産党の悪事がばれると…」

A「そういうこと。そこで鄧小平(とうしょうへい)ってやつが出てくる。続きをどーぞ」

 

胡耀邦「ソ連も民主化に動き出したし俺たち中国も民主化しようよ。まずは言論の自由化から始めよう」

鄧小平「こいつ…余計なことしやがって。今までの政策がパーになっちまうだろうが。」

胡耀邦「国民にも支持されているし、このまま政治改革しよう」

鄧小平「誰がそんなことさせるか。お前の案は却下だ。その代り俺が提案したものが可決したから。」

こうしたことに反発して学生たちがデモを起こすようになり、対立が激化。そして、鄧小平ら党内の長老グループや保守派によって辞任を強要され、事実上失脚させられてしまう

そして1989年4月8日に胡耀邦は亡くなりました

 

A「ここで鄧小平が言っていた『今までの政策』についての解説をやります。中国って反日だよね??」

B「何をいまさら…まぁそうだけど、それが何か??」

A「さっきも言ったけど中国は共産党の一党独裁です。普通はそんなことしたら批判されるよね??」

B「まぁね」

A「そこで共産党はこの独裁政治を正当化することを考えた。太平洋戦争のときに日本軍が中国をフルボッコにして植民地にしてたけど、我々共産党はその日本軍を追い出し、中国の独立を達成した偉大なる党なのだと教えることにした」

B「つまり共産党が戦っていた日本軍がどんな悪い奴だったかを教えているのが反日教育なのね」

A「まぁ共産党の偉業をたたえるために日本が悪役にされてるって事ですかね。まぁ実際日本軍が撤退したのはアメリカが攻め込んできたからなんですが…」

B「まぁあえてノーコメントにしとくよ」

A「だから言論の自由化によって、そんなこと言われたらマズイわけですよ。だから胡耀邦を失脚に追い込んだってわけね。じゃ続きやりますか」


5月16日には、同国の民主化に積極的であった胡の死去を契機に、学生たちによる胡の追悼集会が行われた。

しかし、この集会がだんだんエスカレートしていったが、党は厳戒令を敷き事態を鎮静化することにした。

5月23日には戒厳令布告に抗議するために北京市内で100万人規模のデモが行われるなど、事態は沈静化するばかりか益々拡大して行く。

そして、共産党は武力回避は不可避と判断したため、知識人らは学生たちに撤収を促したものの、地方から押し寄せる強硬派らが多数を占めていたため撤収は不可能となった

6月4日とうとう天安門事件が起きる

中国共産党首脳部の指示によって、人民解放軍の部隊が天安門広場を中心にした民主化要求をする学生を中心とした民衆に対して投入された。

これらの部隊は中国共産党首脳部の命令に忠実に、市街地で争乱を繰り返す民衆に対して無差別に発砲した他、装甲車で市民を轢き殺すなどして多数の民間人を死傷させた。

 

A「これが天安門事件です」

B「装甲車で市民を弾き殺すとか意味わかんねぇ。だいたい軍隊は国民を守るもんだろうが。殺してどうすんだよ。」

A「さらに、この事件で中国は報道管制を強化したため、事件に対する詳細

な報道は殆ど行われなかった」

B「え??じゃあこの事件知らない人がいるの??」

A「うん。しかも、最終的に事態を掌握した強硬派とその一派が現在に至るまで実権を握り続けているから、この事件を検証的に報道してないんだよ。」

B「ふ~ん。結局中国の民主化は失敗したって事か」

A「そうだね。ところで最近この天安門事件がニュースになったの知ってる??」

B「あぁなんかニュースにちょこっとのっかてたなぁ…見てないけど」

A「この事件の指導者のウーアルカイシって人が出頭するために中国に入ろうとしたが台湾に強制送還されたらしいよ」

B「なんで捕まえないの??」

A「捕まったら色んなところでニュースになって、国民にこの事件のことがばれるからではないかと言われている」

B「ふ~ん。」

A「いつになったら政治の方は民主化されるのでしょうか??ということでまた次回逢いましょう」

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